開発者:法政大学 遠田 雄志 名誉教授
〇塾有志:鈴木 響、佐藤 正克、小森 幹雄 (遠田先生の遺志を引継ぎ、当モデルを如何に応用するかを研究中)
当モデルは、これまでにない斬新な切り口で組織の盛衰について分析したマクロの数理モデルです。
従来の組織論、組織戦略論、組織マネジメント、組織分析、組織改革、組織文化、マネジメント論、経営学総論、経営管理論、経営戦略、経営理論、経営分析、経営組織論などは、ややもすれば、ある「時点」の問題分析の方法論に着目しがちですが、当モデルは「点」よりは「線」で組織の盛衰を分析し、かつ全ての盛衰経路(8通りの経路のリレー)を網羅しています。
堺屋太一氏は著書「組織の盛衰 何が企業の命運を決めるのか」(1993年 PHP研究所出版)で、帰納法的な手法で日本の組織の分析ポイント、その考え方についてまとめ、組織論の体系を世の中に広めることができました。
学問体系がより一層グローバル化、細分化し専門化する中で、遠田雄志先生の「組織の盛衰:その数理モデル」は、組織論を数理モデルで証明することで、言葉の「遊び」を極力最小限に抑え、世界で通用するモデル化の開発に成功しました。また、演繹法的な手法で「組織の盛衰」について議論・分析を一層深めることができます。
今後は、この数理モデルをベースに、ミクロレベルにおける企業盛衰についての研究、応用が期待される所です。
組織の盛衰~その数理モデル原文(第9版)
論文
2018/03/03
組織の盛衰―その数理モデル(第9版要約版―理論編)
法政大学 遠田 雄志
Ⅰ.組織とは
1.組織の常識と資源環境
“組織”(organization) は、最も広義において、何らかのまとまりのある集合である。
組織にまとまりをもたらすのは、組織の“常識”(common sense) である。組織の常識は組織メンバーに共有されている認識と行動の安定した枠組みだからだ。
組織はまた、組織メンバーの欲求から生ずる“需要”(demand) を満たすべく、資源を利用するが融通無碍という訳にはいかない。組織が自らの関わる環境、それに規定される“資源環境”(resource environment) で資源を利用する。
組織の“常識”と“資源環境”とは相互に作用し合っている。例えば、鎖国や身分制を常識としていた江戸時代から開国や四民平等を常識とする近代日本は、それまでの閉鎖的な資源環境を一気に解放的な資源環境にした。他方、J.ワットの蒸気機関の改良を契機に新しく創出された資源環境は近代資本主義を常識とする社会をもたらした。
“組織”は相互作用している“常識”と“資源環境”とによって特徴づけられる。
2.組織体制
番目の常識 と資源環境 によって特徴づけられる一時的な組織のあり方を 番目の“組織体制”(organizational form) という。そして、 から 、に変わることを“組織体制の転換”(trance formation of organizational form)という(例えば企業の転業や社会革命)。
これより、組織は
ただし、 :組織、 :組織体制、 :常識、 :資源環境
と表現でき、組織は組織体制の連続体と考えることができる。本稿は、組織のマクロ(巨視的)理論である。それに対して、一つの組織体制を対象とする組織論はミクロ(微視的)組織論である。例のアベノミクスの発想は、遺憾ながらミクロ組織論の枠を超えられず、それゆえ思考のスパンが短期的で大局的観点が希薄である。
Ⅱ.資源サイクルと常識サイクル
組織の盛衰は、2つの要因すなわち組織体制の“常識” と“資源環境” とに依存する、と仮定する。 2つの要因の“状況”(カール・ボパー『歴史主義の貧困』、240ページ)の推移は以下の通り。
1.資源環境について
本稿では組織一般を考察の対象としているので、資源とは最も根元的かつ抽象的に“物質”“エネルギー”“情報”とする(Cf. 立木教夫『現代科学のコスモロジー』1992年 164ページ)。
組織体制の需要を満たすために生産が行なわれる。そして、生産を調整、維持・管理するためには、資源が利用される。
物質とエネルギーは使われる度にその潤沢さが失われ、次第にそれらの調達と処理すなわち利用コストがアップしていく。情報に関しても利用されるにつれ高まってゆく必要多様性と、情報リテラシーゆえに情報コストがアップしていく。やがて、いずれかの資源が妥当なコストでは賄えなくなる(それを“クリティカル資源”という)。例えば、現代の先進諸国のクリティカル資源はエネルギーである。なぜならば原子力発電には途方もない危険というコストが伴っているからだ。“クリティカル資源”が出現すると、組織体制が現在かかわっている資源環境が無限ではなく、有限であることを気づかされ、人々は欲望を抑制し、そして需要も減少してゆく。
需要が長期的に減少するからといって、それ以降も生産活動は抑制されこそすれ続けられ、資源が引き続き利用される。
ともかく、最初すべての資源の利用コストが低廉だったのにいずれかの“資源”がクリティカルになったため、組織体制の資源環境 はそれまで需要を増加させるいわば“低コスト状況”から需要を減少させるいわば“高コスト状況”に変化する。
需要の長期的増加に続く長期的減少の流れは不可逆的である。これにストップをかけ、新たに“低コスト状況”を創り出すのが“技術革新”である。例えば、再生エネルギーの技術開発、シェルガスの掘削技術開発、あるいはAI、量子コンピューターの実用化などがそれにあたろう。
要するに、“高コスト状況”ゆえの長期的需要萎縮、生産活動の抑制から再び需要増、そして生産を活性化させるには、“技術革新”が必要である。それによって、組織は再び“低コスト状況”となり、需要が増加する。
需要 のこうした不可逆的推移は、“技術革新”を極小点、“クリティカル資源の出現”を極大点とする波形スプライン曲線、
として表わされる。ここで、 は“需要”を、 は“時間”を表わし、 はそれらの関係を規定する“資源関数”である。
2.常識について
組織体制のかかわる環境が変わりゆくのに対して、組織体制の常識は、例えばルールや習慣そして制度などに具現化されているように硬直的である。
そのため、双方の乖離は時間を経るにつれて大きくなる。常識外の現象が頻発するようになり、いわゆる“常識の劣化”が顕著になると常識の信頼性(common sense reliability) は減少していく。
この流れにストップをかけるのが“常識の更新”である。それによって、常識への信頼性が回復し、新たな常識の信頼性が増加していく。
しかし、この流れもやがて“常識の劣化”が明らかになると常識の信頼性 が減少していく・・・
常識の信頼性 のこうした不可逆的な推移は“常識の更新”を極小点、“常識の劣化”を極大点とする波形スプライン曲線
として表わされる。ここで、 は“常識の信頼性”、 は時間を表わし、 はそれらを関係づける“常識関数”である。
ところで、さらに、“需要” は組織体制の“常識の信頼性” と比例関係にある、と考えられるから
と表わすことができる。ここに、それぞれ“資源サイクル”、“常識サイクル”とも言うべき
がそろい、それらは共に波形スプライン曲線を描く。
Ⅲ.組織の盛衰
1.盛衰表
(1)、(3)より
は需要 の増加を
は需要 の減少を意味する。ただし、関数記号右肩の′(ダッシュ)は一次微分関数を表す。
これより、2つのサイクルの位相のありうるすべての組み合わせは3つで、それぞれの意味は以下の通り。
はその期間共に需要が増大し、生産活動が活発なので良循環が形成され、組織体制は“傾向的成長”(long term growth) をする。
なお はandを表わす。
反対に
はその期間需要が減少し、生産活動が抑制されるという悪循環が形成され、組織体制は“傾向的衰退”(long term decline) をする(最近エコノミストの間で言われている“セキュラースタクネーション(長期停滞)”の一因は、深刻な“需要”の委縮にある、とのこと(柴山桂太「大恐慌後に起こる長期停滞」『週刊エコノミスト』2014年10月21日号、48~49ページ)。
以上の2つの同調以外の
はその期間生産活動の良循環も悪循環も形成されず、組織体制は一時的な成長、衰退を繰り返す。換言すれば、この期間は傾向的成長あるいは傾向的衰退へのリードタイムである。
リードタイムは、位相のズレた2つのサイクルがいずれかのサイクルの位相に同調するまでの期間である。ありうるすべてのリードの仕方は、以下の2つである。
(1) 変化した要因の牽引力が、未変化の要因の変化をリードする、いわば先導(forward lead) で、それまでの成長であれ衰退であれ、傾向を変える。
(2) 未変化の要因の慣性力が他の要因の変化を妨げる、いわば後導(backward lead) で、それまでの成長であれ衰退であれ、傾向を持続させる。
ところで、組織の盛衰にとって有意味な特異点は、傾向的衰退 における“資源サイクル”と“常識サイクル”のそれぞれの極小点、および傾向的成長 におけるそれぞれの極大点の2×2=4つがすべてである。他方、リードタイム中の“同調”には“先導” か“後導” しかない。
以上のことから、組織体制の盛衰のありうるすべてのルートは(2×2)×2の8で、それらを網羅したいわば“盛衰表”は表1として掲げられている。
この“盛衰表”は組織体制の盛衰のありうるすべてのルートを尽くしており、その盛衰はこれらのいずれかをたどる。
組織は組織体制の連続体であるから、組織の盛衰の歴史はこの盛衰表のいずれかのルートのリレーとして表せる。
盛衰表
盛衰 |
特異点 |
位相のズレ |
リード |
盛衰とコメント |
ルート |
技術革新 |
F B |
:“技術革新”による傾向的成長へ転換 :“常識の慣性力”による傾向的衰退の継続 |
1 |
||
2 |
|||||
常識の更新 |
B F |
: “資源の慣性力”による傾向的衰退の継続 : “常識の更新”による傾向的成長へ転換 |
3 |
||
4 |
|||||
クリティカル資源 |
F B |
1: “クリティカル資源”による傾向的衰退へ変化 : “常識の慣性力”による傾向的成長の継続 |
5 |
||
6 |
|||||
常識の劣化 |
B F |
: “資源の慣性力”による傾向的成長の継続 2 : “常識の劣化”による傾向的衰退へ変化 |
7 |
||
8 |
なお、数字右肩の“*”は同調が後導Bによることを示す 。また、“転換”とは新しい組織体制への“変化”である。
さらに言うならば、盛衰表の“盛衰とコメント”欄の2つのローマ数字Ⅰ、Ⅱと2つのアラビア数字1、2とそれらの右肩に添えた“*”の計8つの数記号の列で組織の盛衰の歴史を簡便に表現できる。
2.組織の再生と衰亡
組織は組織体制の連続体である。
盛衰する組織体制が途切れることなく新たな組織体制に転換して、組織を連続させることを組織の“再生”という。そうでないとき、組織は“衰亡”する。
最後に、この再生と衰亡の問題を“盛衰表”を用いて解いてみよう。
なお、R1、R2・・・はルート1、ルート2・・・を表わし、 と はそれぞれandとorを意味する。
まず、再生について
が成り立つと、現在の組織体制は一旦傾向的衰退へ変化し 、その後新しい常識または資源環境が創られ、再び傾向的成長へ転換し 、組織は再生する。
次に、衰亡について
組織の衰亡は、組織再生の否定であるから、ド・モルガンの法則より、それは、
である。
前項 は、傾向的衰退の継続による組織の衰亡を意味し、後項 は傾向的成長の継続による組織の衰亡を意味する。換言すれば、すべての後導は「死に至る病」なのである。
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